『Black Belief』 崩落のアルカディア

 

侵入者を知らせるサイレンと、無能な兵士共の無線通信が鳴り響いていた。 しかし、どの音も自分には届いていないかのようだった。

アルカディア帝国、その軍事施設の一室。

ついに宿敵でもある奴等がここへ乗り込んできたらしい。丁度私の訪問に合わせての作戦だ、この日のために綿密に計画されていたのだろう。 正直なところ意表を突かれたのは確かだが、私の思考は極めて冷静に動いていた。 ふっ切れた、と言えばそうなのかもしれない。この危機的状況にも関わらず、私の口角は静かに上がる。巨大な窓に薄く映り込む自分が、それを教えた。
灰色の空を見ながら、強いスパークリングの酒を喉に流す。

「前祝いだ、サクラ。」

この身体になってから、大分味覚は衰えた。だが、それも我が目的の達成と思えば なんら大したことでも無かった。 ゆっくりと瞬きをし、その時に僅かに漏れる機械音に耳を傾ける。 目的達成のためには生身の身体では酷く脆く、またその寿命さえ短かった。

そしてその目的への大きな一歩を今日踏み出す。 奴等の計画は綿密なものであったが、今日というこの日が選ばれたのは偶然でしかなかっただろう。それ程までに運命とは滑稽なものか、と再び口角を上げる。


残った酒を飲み干し、部屋を後にする。外は更に五月蝿かったが、少しも構うことなく通路を歩き続ける。
ソリディアでの計画は失敗に終わったらしいが、 クリスタルは既に必要量を満たしていた。

生体認証システムに瞳を開き、扉を開く。 中に入り扉が閉まると、 この場所だけはひどく静かであった。
機密格納庫。ここに入れる者はごく僅かであり、またここでの開発を知る者も殆どいない。


『スターファウンテン計画』…名前だけ聞くと、とてもファンシーだろう。 このアルカディア国の祖とも言える民族、「星の使者」と呼ばれた彼等が作り上げた”星の泉”を再び蘇らせようというものである。とはいえ、星の泉に関する資料は少なく おそらく今自分が作り上げるものは全く別の物であろう。 だが、この泉は私の目的を達成させてくれる。 星の力を自由自在にコントロールすることができるこの泉があれば、

「止まれ!アートルム帝!!」

背後から、女の声。 ゆっくりと振り返ると 銃をこちらに向けた女が立っていた。その顔には、見覚えがあった。

「…確かブランシュ・ケオ・ティラトーレ教官、だったか。 ……成る程。奴等に情報を流していたのは貴様か。」

「Right. フルネームで覚えてもらえてたなんて光栄だわ。…でも、気付くのが遅すぎたようね。」

「遅すぎた? それは そっちの方じゃないのか?」

「さあどうかしら。 あの数分で、この帝国も、あなたも、全てThe ENDよ。」

その言葉を 聞いた瞬間、笑いがこみ上げてきた。 銃を向けられているにも関わらずその声を漏らす。

「…何がおかしい。」

奴が真剣な顔で問い詰めてくる。

「その程度で、この私が終わりを迎えるとでも? 」

そう答える私に根拠などなかった。ただ、確信はあったのだ。私はこの程度では終わらない。終わるはずがない。 たとえ貴様らが生まれ変わろうとも 私は私であり続ける。そう確信していた。

「だったら 今ここで…!」

ブランシュが構えていた銃を発砲する。が、こちらも瞬時に腕をシールドに変形させ防ぐ。

「ちっ……でも、もう」

「もう、何だ。 言っているだろう、私はこんな場所では死なない。」

シールドを解除し、身体を後ろへ傾けるように、倒れる。ひどく時がスローモーションになるのを感じた。 が、走馬灯なんてものはない。


その刹那、全身に熱を感じる。
その身体が泉に触れる前に、私の意識は消えた。

 

 

 

 

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